アトピー性皮膚炎(その3)・・・ストレスについて

ストレスについて

和尚:ストレスがアトピー性皮膚炎には良くないと言うことも聞きますが・・・。

院長:その言葉自体はよく我々も耳にします。しかし、和尚もお気づきのように、私も含めて目の前の生活を精一杯生きていく上ではストレスというのはなくすことのできないものと同時に、スパイスのような物でもあるのです。

和尚:ストレスの定義にもよりますがその通りですね。

院長:過剰なストレスをため込んでしまうことは、当たり前のことですがその人の持病であったり、体の弱いところを直撃します。例えば、胃炎を持っている人が仕事が忙しくなったり、試験前になると胃の調子が悪くなると言った具合です。

和尚:それはよく聞く話ですし、我々にも経験のあることですね。

院長:これと同じことがアトピー性皮膚炎でも起こるのです。さらに、アトピー性皮膚炎の患者さんは掻くことが癖になっていることも多く、ストレスがかかることで掻く回数が増え、皮膚炎が悪化することになります。

和尚:なくて七癖と言いますからね。

院長:私も心の専門家ではないので、ストレスを掘り下げて解説することは難しいのです。しかし、私が経験した患者さんの中で、ストレスとアトピー性皮膚炎について教えていただいた二人の患者さんの話をしましょう。
ただし、プライバシーに考慮して若干の脚色をしてますよ。

和尚:お願いします。

院長:一人は40代の男性、バリバリのやり手の営業マンの方でした。仮にAさんとしましょう。Aさんはゴルフや麻雀もお手のもの、酒もいくらでもいけるという生活を仕事のためにしておられました。本人も楽しんでおられる部分もありましたが・・・。

和尚:私の生活からすると少しうらやましい気がしますが・・・。

院長:しかし、これは仕事のためであり体に負担のみならずストレスもずいぶんあったと思います。そして、持病であったアトピー性皮膚炎が悪化して、今までの治療では改善しなくなり、当時の私の上司の外来を受診されました。受診時は手の甲や前腕などの手の届くところはかきむしった後があり、顔もジュクジュクになって大変つらそうな状態でした。それで、私の上司も入院治療をAさんに勧めることになりました。

和尚:皮膚科で入院もあるのですね。

院長:ある程度大きい病院ではあります。さて、入院したことのある人だとわかるのですが、病院の生活はかなり規則正しく、朝は7時過ぎには起床、夜は9時消灯、食事は栄養を計算されたものがでてくるという生活です。酒を飲むわけにもいかないし、娯楽も存在しません。また、仕事の電話もかかってきません。

和尚:あまりの生活の違いにAさんもびっくりだったでしょうね。僧侶の私の生活も似たようなものですが。

院長:Aさんはあまりの環境の変化に最初は戸惑われていたようです。しかし、仕事から完全に切り離されて、今までの疲れがでたためか入院して最初の3日はいつ主治医が病床を訪問してもぐっすり寝ておられました。若い看護婦さんが来て軟膏を塗るときと食事の時は起きるけど、それ以外はずっと睡眠でした。

和尚:やはり、人間は「24時間戦えますか?」「戦えません。」なのですね。

院長:バブルの香りのする懐かしいキャッチコピーですね。さて、それで三日三晩寝て、4日目になると今まで色々な治療でも直りにくかった湿疹がかなり良くなっているのです。

和尚:院長達は何か特別な治療をしたのですか?

院長:ステロイドと保湿の軟膏以外は使っていません。ごく普通の標準的な治療です。

和尚:「24時間戦ってはいけない。」ということですか?

院長:このAさんのケースはよくわかるケースなのですが、「体調を整えること」はアトピー性皮膚炎に非常に重要であるということです。規則正しい生活、つまり、早寝早起き、栄養バランスのとれた3食をきちんと食べる。過度のストレスは避ける。ということですね。

和尚:考えればあたりまえのことですが、色々な意味で余裕のなくなってきた今の社会ではなかなか難しいですね。

院長:それは、私も日頃考えることですが、これは個人の力では何ともできなくて残念なことです。

和尚:それでもう一つのケースについてお願いします。

院長:もう一つのケースは18歳のBさんです。幼小児期よりアトピー性皮膚炎で治療を受けておられましたが、悪化して受診されました。

和尚:高校三年生というと大学受験を控えてなかなか大変な時期ですね。精神的にも多感な時期ですし。

院長:和尚はイケメンでモテましたからね。それはさておき、和尚の指摘の通りで、話を聞いてみるとBさんは進学校に在籍しており、進路指導もなかなか厳しいとのことでした。

和尚:まあ、私は院長と違ってあまり勉強はしませんでしたから。でも、受験勉強をやめるわけにはいけないでしょう。

院長:それで、Aさんの時と一緒で生活の指導と外用治療を徹底することで、何とかBさんも悪化した時期は切り抜けました。受験も何とか切り抜けることができました。

和尚:受験が終わってすっかり治ってしまっというオチですか?

院長:そうだったらいいのですが、受験勉強をしているときよりは症状は軽くなりましたが、アトピー性皮膚炎は一進一退でした。ところが、あることをきっかけに「すっかり」とまではいきませんがかなり良くなりました。

和尚:それは何ですか?彼女ができたとか?

院長:和尚は俗世間のことについてなかなか詳しいですが、違います。彼は後にプロの格闘家になるのですが、その格闘技に出会ったのです。格闘技では、相手に勝つためにはハードなトレーニングはもちろん、栄養面にも気を使わなければなりません。また、試合となると体はもちろん精神面もトップコンディションに持っていくためにメンタルトレーニングも必要です。

和尚:私も剣道と空手の有段者ですが、試合の直前のプレッシャーを乗り越える辛さはよくわかります。プロともなればなおさらでしょう。

院長:Bさんにその格闘技は天職だったのでしょう。Bさんは強くなるに従って、アトピー性皮膚炎も改善していきました。

和尚:ストレスが強そうな仕事なので、病気が悪化しそうな気がしますが・・・・。

院長:体調面のコントロールが完璧にされていたこともアトピー性皮膚炎が改善した大きな原因と思います。しかし、Bさんは試合のプレッシャー=ストレスをハードなトレーニングにより乗り越えることで、このストレスを良い方向に持っていくことができたのだと思います。そして、強くなり自信をつけていき、Bさんの心の中で良いサイクルが回り始めたのだと思います。私も心理学の専門家ではないのでこれは推測にすぎませんが。

和尚:話だけ聞くと「なるほど」ですが、きっとBさんの中では大変な苦労があったと思いますね。

院長:Bさんはどちらかといえば、寡黙な人で自慢もされないので、多くを語られませんが、和尚の言うとおりと思います。ただし、Bさんのようにここまで打ち込めることに出会える人は幸運です。しかし、Bさんほど劇的ではないですが、転職したり、結婚したりなど心境の変化でアトピー性皮膚炎が悪化したり、改善したりすることは日常診療でよく経験します。

和尚:そうですね。現実の世界では生活のために必ずしも自分の好きなことを仕事にできませんからね。少なくともプラス思考で何事もとらえるようにできればいいんですけどね。。釈迦もこの世の苦しみを何とかするために出家されるのですが・・・。

院長:すみません、ありがたいお話はまた今度の機会にお願いいたします。少し長くなりましたが、AさんとBさんに私が教えていただいたことは、「体調の管理」「ストレスの管理」はアトピー性皮膚炎の改善に重要であるということです。

和尚:ごくあたりまえのことですが、実際の話をきくとよくわかりますね。

院長:特に「体調の管理」つまり、生活のリズムを整えたり、3食バランスのとれた食事を摂ることは、その気さえあれば今日からできることなので、取り組めたらいいですね。心は脳の機能であり、脳は体の一部ですから体調がよければストレスにも耐性ができるはずです。

和尚:確か、ニーチェが「精神は肉体のおもちゃにすぎない。」といったいたような気がします。

院長:「ストレスの管理」はあまりに奥の深いテーマですし、私も専門ではありませんのでこれ以上はお話できませんが、ストレスがこの病気に深く関わっていることは間違いないと思います。さて、長くなりましたがこの辺でアトピー性皮膚炎の話はおしまいにしましょう。和尚も長い時間ありがとうございました。

和尚:こちらこそ好き放題質問させていただきありがとうございました。